いま、なぜ「鎌倉からソウルまで」歩くのか?「わたしが日本から韓国までを歩くワケ」
▼ はじめに ▼ いま、わたしが日本から韓国までを歩くワケ 
「せっかく歩くのだから、こんなテーマで」 
 
+ はじめに
  1999年7月に勤務していた広告会社のソウル駐在員事務所の初代所長として赴任して以来、
約5年間、韓国ソウルに暮らしました。
私が韓国で過ごした5年間というのは、日韓W杯を挟んで両国の間が急速に近づいた時でもあり、
在任中は「日韓交流祭」「韓日交流祭」と日韓両国政府が行う計6回のエキスポの運営に関わるなど、
広告会社の社員としてのそれまでの仕事の集大成として有意義に過ごす事が出来た時間でした。
そして、昨年5月に赴任生活を終えて、本社に帰任した後、8月末をもって定年退職したのでした。

さて、この35年以上も走り続けて来た毎日があっけなく終わり、
急に、ある開放感が手に入ったのでした。
この「開放感」は何だろう?
反面、何もしない毎日。こんなことでよいのだろうか?何か仕事に就くべきではないか。
はじめて得た至福感、不安感、戸惑いが、私の中で交錯していました。

そんな時、学生時代のある先輩に会い、
「君が本当にやりたいことを、君らしくゆっくり探すのだ。あわててつまらないことを選ぶ必要はないよ。」
といわれたのです。
久しぶりに酒を酌み交わしながら、最後に言われた言葉ではありましたが、妙に心に残るつよさがあったのです。
それからしばらくは、そのことに対する自問自答が続いていました。

そして、自ら模索した新しい人生の第1歩としてのチャレンジを計画したのです。
そのチャレンジとは、「鎌倉発、韓国ソウルまで。」。
自宅のある鎌倉から、想い出の地、韓国ソウルまでを徒歩で巡る旅への挑戦です。

思えば、40歳の区切りには「富士登山」、50歳の区切りには「ハワイ・ホノルルマラソン」と、
人生の節目ごとに「未体験」に挑んできたのでした。

そして、60歳を迎えて、さらなる「とんでもない未体験」に挑戦します。

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+ いま、わたしが日本から韓国までを歩くワケ 
 「せっかく歩くのだから、こんなテーマで」
「同じようで違う。違うようで同じ。」

これは、私が韓国で生活を始めた時から、いつも感じていたことであった。

日本人と韓国人は、似ているようで似ていない。日本と韓国は、同じようで違う。
日本人と韓国人は、似ていないようで似ている。日本と韓国は、違うようで同じ。

「同じようで違う。違うようで同じ。」

友人と共に桜見物をしに地方へ旅した時。
マラソン仲間と一緒にレースに参加し地方に行った時。
友人と一緒のバス旅行で‥‥
ソウル・ジャパンクラブの旅行会で‥‥
家族を招いての旅行で‥‥
ソウルの街で生活していた時、いつも感じていたことである。

かつて、同じようなことをたくさんの人が、いろいろな文献で書いたり、いろいろな場面で語ったりしてきた。
「文化比較論」とか「韓国文化紹介」などで、さまざまな現場経験、見聞を通じて紹介している。

「同じようで違う。違うようで同じ。」

歩くことが好きな私なりに、それを、ゆっくり、ゆっくりと「歩くスピード」で見つめてみたい。
ゆっくりと歩くことで、あらためて見つけることもあるだろう。

人との交流を通して、もう一度、見つめてみたい。
「鳥の目」ではなくて、むしろ「虫の目」になって。

                                  2005/2/1 間宮 武美  

 

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